半生と世界

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年表

●先祖は長岡藩士

●昭和5年(1930年)5月21日生まれ:東京府東京市向島区(現在の東京都墨田区)に生まれる。

●?年:東京都立第七中学校に入学

●昭和20年(1945年)3月の東京大空襲では死にかける体験

●昭和20年:茨城県へ疎開、旧制下妻中学校(現 茨城県立下妻第一高等学校

●昭和20年7月新潟県長岡市(父の生家がある)へ疎開、新潟県立長岡高等学校の3年生で終戦)

●この間1:軍需工場津上製作所で爆弾用ねじを作っていた。

●この間2:2年上の女学生と工場の裏でラブシーンやってい。

●昭和23年(1948年)3月東京へ戻る ?年:埼玉県立浦和高等学校 (学制改革のため1年間で修了)

●?年:東京大学へ進学。 この間:大学ではボート部で活躍した。

●昭和28年(1953年)東京大学文学部国文科卒業。

●昭和28年(1953年)文藝春秋新社に入社。最初は流行作家の坂口安吾の原稿取り

●昭和52年(1977年)4月に『文藝春秋』編集長

●平成4年(1992年)『漱石先生ぞな、もし』で新田次郎文学賞を受賞 この間:専務取締役を務める

●平成7年(1995年)に文藝春秋を退社 作家へ転身

●平成10年(1998年)『ノモンハンの夏』で山本七平賞を受賞。

●平成16年(2004年)『昭和史』で毎日出版文化賞特別賞を受賞。

●平成18年(2006年)「富田メモ」(宮内庁長官を務めた富田朝彦の日記メモ)を(秦郁彦らとともに)鑑定し、これを本物と断定した。

●平成21年(2009年)『昭和史 1926-1945』『昭和史 戦後篇 1945-1989』は単行本で45万部、平凡社ライブラリーでは23万部の売れ行きを示した

参考HP:Wikipedia、長岡市、magazine9